表と裏

旅順半島の南の海岸藍湾(ランワン)の会社宿舎では
同宿者に悪いからと口実を付けて
定宿の昱圣苑に移動しております。

今日はしっかりと大連の休日を楽しむ魂胆。

久し振りに大連駅の喧騒に紛れ込みました。
今でも昔の上野駅を懐かしむ向きが多い。
その空気がこの大連駅に残っているようです。
駅の北に巨大な生活用品の雑居ビル大菜市が
アメ横を思い出させます。
ついつい遊びか仕事か、
ボールを探しに玩具屋を回りました。

透明ウレタンに水が入って
小ちゃなおもちゃが浮かんでいる。
光るボールに格好の仕様だ。
弾ませるとLEDが点滅。
大で8元(140円)小で5元(90円)。
安いなあ。
水を抜いて発光ゲルを注入してみよう。
そこの店の親父にこんなの売って1元儲けるよりも
一緒に500万元儲けないかと持ちかけたが相手にされない。
深圳ルミカにボールメーカーを探し出して貰って
「光るテニスボール」の開発して貰わんといかん。
合わせ型だから成型時にカレットが挿入できる。
そうすりゃ3日間は光り輝くな。

 

この後冷風が和らぎ穏やかな陽射しの中、大連動物園を歩く。
家族と連れ立って壮大な動物園を散策する中国人を見ると
ついこの前まで野生動物虐待で悪名高かったのが信じられない。
パンダを目の前でビデオと写真に収めた。

この前も紹介したけど大連はサウナがいい。
中でも大連駅近くの金百合(チンパイホー)が最高。
今日の休日など家族連れで賑わいながら
暗い個室では綺麗な北方姑娘クーニャンの
全身マッサージも並存する。
誠に鷹揚な中国文化ですねえ。
中洲は自慢の中国語を「金百合語」と称しておりまして
専らここでお勉強しました。
例えば受不了(ショウブーリヤオ)とか讨厌(タオイエン)とか・・・。
日本語もそうですが往往にして言葉には正反対の意味もあるのですよ。

進物について

バンバンライトで仕様が固まったことから今日の開発は小休止。

そこに凄いプレゼントが届いた。
中洲が1ヶ月前にお邪魔したお客様からだ。
お心遣いに頭が下がる。
中々庶民の口には入らん味わいのスイーツだ。

ネットで見ると東京麻布の菓匠で最近隠れた人気スイーツらしいが
それにしても手が込んだもの。

欲しいものは何でも手に入る時代、
進物品は益々洗練されたものになる。
中小企業の生き残る道はここらにもありそうだ。
中洲も人一倍進物のこだわりが強い。
マンネリの進物ならよした方がいいと思う。

由布農園ではこれまで無農薬無施肥の食材、
ミョウガ、生姜、島らっきょう、さくらんぼジャム、
干し柿、チョンガー大根等を作って一部加工して配布している。
今年はこれらに肉厚の椎茸と緑の甘い大根
それにクリーミーヨーグルトが加わる。
世界一幸せな鶏の卵もある。
ラベル作りと加工はナガハマ姉さんがやってくれるが
農作業で誰か助手が欲しいよ。


極みのスイーツ。中洲にも分配があった。

テルアビブ空港で

11/29(水)イスラエルのテルアビブ空港でLHフランクフルト行きを待っている。今朝4amにホテルをチェックアウトしてイスラエルのいい旅を終えて帰国の途についた。

写真のBARのビートの効いた曲とスコッチのシングルモルトがよく合っている。

このイスラエル4日間、日本とは全く異なる文化なのに随所に何か琴線に触れるものがあった。
イスラエルって国がミッちゃんのハートをえぐったのが単に女性が魅力的だけではないと納得。
是非皆さんもやって来るがいい。

1人の人生は高々100年。だが「3000年が確かにその1人に尾を引いてる」ってのをイスラエルにいると実感するよ。ある面で人は長〜い過去から逃れられないんだな。中洲士郎が中洲若子から離れられんのは当然だ。
だからだろうか、長い歴史が息づいているこの国で出逢う連中皆の視線に、笑みに、つい心が和んでしまう。

搭乗手続きの事前諮問とやらを若い横着な女性が長々とやる。腹据えかねて待つこと30分。やっと順番だ。嫌味の一言でもと構えて差し出した中洲のパスポート見て「シローか?私もシローよ」ってニッコリ。アリちゃんと直ぐに通してくれた。「サンキュー、シロー」って答えた。愛おしいな。少しデブちゃんだったけど。

イスラエルマサーダ要塞

11/26(日)モーシュの運転する580馬力のJEEP、死海の西岸沿いに2時間南にぶっ飛ばして到着したのがマサーダ要塞だ。世界遺産らしい。

何も予備知識無しに本当の本物に出会った時の感動がガンガン胸を打つ。一面の砂漠の中に切り立った断崖の上の桃源郷に立てこもる1000名のユダヤ人家族達、これを殲滅せんとするローマ軍その数12000名が眼下に陣取っていた。2000年前が眼前に広がるかのようだ。擁壁には2000年前もいたであろうカラスとツグミの混血みたいな鳥が手の上のピーナツをついばむ。


中央の四角い地面にローマ軍が陣取った。

ユダヤ戦争の戦いに敗れて数人の子供達を砦に残したユダヤ人達はローマの奴隷になるのを拒絶して皆自害する。以来ずっと彼らを尊敬し学び弔うユダヤ人は美しい民族だ。

日本人も嘗て「生きて虜囚の辱めを受けず」とユダヤ人と全く同じ気概を尊んだ。それがあの沖縄戦でバンザイクリフから身投げした同胞達に犬死だとの言葉を投げる後世の一部の日本人インテリ達よ。このマサーダに来たらきっと考えが変わるだろう。砦のユダヤ人達はローマの奴隷として働かされるのを拒むだけでなくユダヤの心を奪われるのを拒絶したのだと思う。

パレスチナの不毛の砂漠に鍬を振り緑の大地と化した勤勉なユダヤ人と同じく勤勉だった日本人。今も貧しく教育を軽んじて子供を粗末にするパレスチナ人。そして隷属を拒み続けるユダヤ人と打算的で恥の意識が薄らいだ日本人。考えさせられる一日だった。


マサーダ要塞。ユバル、アリちゃん、モーシュ

マサーダ要塞のレプリカ

不毛の死海の絶壁の頂上で完全自給の都会生活が営まれていた。人間の叡智だ。