東欧からやって来た美女ジュディー・ウオールデンの話から化学発光ビジネスの源流をたどってみます。
中洲士郎と同じく1979年怪しく光るロープを操ってキャミソール姿でパフォーマンスするブロンド娘がハリウッドで話題になりました。
夜毎ロスの遊園地に出没し踊った後小脇の50cmほどの細長い光るロープを1本5ドルで見物客に売り捌き姿を消すのです。
セールスの基本は洋の東西を問わず対面販売なんですねえ。幾らアマゾンが勢力張ってもデパ地下での調理器の対面販売は無くならないでしょう。暑い夏の夜祭りには何処でも威勢のいい「寅さん」が不可欠です。「おしん」と同じく貧困から抜け出そうと世界の若者が遊園地で物売りを始めます。売れる商品を掴んだらそれをテキ屋達に卸して利益を蓄えて起業する訳です。
中洲の仲間内で成功者と言えば米国ニューポートでケネディ家の隣に別荘を構え自家用ジェットを駆るボブノワックです。ポーランド人のボブの場合は理系のカレッジを出て直ぐにACCと談判してサイリュームを夜店で扱って財を成しました。「利は元にあり」を地で行ったわけです。一方ジュディは悪い男どもに翻弄されて成功出来ませんでした。「びっこのアヒルの群像」を一緒に見て参りましょう。
そのジュディの冷たく緑に光るネックレスがヤンキーの好奇心を引きつけ飛ぶように売れ始めました。当然ながら獲物を探すマフィアやストリートベンダー(日本でいうテキ屋)の目に止まります。起業家への夢を追う貧しいルーマニア移民の娘ジュディーとこの事業を横取しようと企む血走った眼の狼どもと熾烈な闘いが始まろうとしていたところに変な日本人が光るイヤリングを懐にノコノコとやって来たわけです。
中洲達はサイリューム6インチをバラしてミニサイリュームに作り変えました。ジュディのは光った液を柔らかい透明チューブに移し替えて冷凍保存して一時的に光を止める方法です。
ディズニーランドは特製の冷凍庫を用意して園内で販売を始め子供達の人気商品に仕上げました。
ところがサイリューム6インチが思うように手に入らないからジュディは頭に来ていました。「民生用最大の顧客なのに何故冷遇されるのだ」と。
それは士郎にとっても日本に居て感じます。だから「利は元にあり」と根っこのACCと関係を築こうと無い金はたいて米国にやって来たのです。ジュディに招待されて彼女の持ち船リクィッドライト号が夜のロス湾を周遊する間彼女の憤りに相槌を打ちながら原液をACC以外から入手する企てに作戦が及びビックリしました。偉大なACCを敵に回すなど考えられない事ですが世の中既に動き出している事を知らされたわけです。
ジュディの話ではサイリュームを扱うデトロイトの商社、キャデラック社とシカゴの夜店の元締めケミカルライトのマイクシュライマーが結託してジュディを干し上げようとしているらしい。
キャビンにはホランドと名乗る金ボタンの黒いジャケットを着たヒゲの濃い「いけすかん男」が一緒です。ジュディが「婚約者よ」って紹介しました。後で知ったのはこのホランドは本当に悪いやつでした。バーテンダーをしていたバーに仕事疲れのジュディが小脇に光るロープの束を抱えて入って来たのです。閃くものがありこのライトロープビジネスを手に入れるためにジュディをモノにしました。ジュディの会社に入り込むや小切手を乱発して会社を財政危機に陥れたそうです。大きく羽ばたけた筈の娘が事の初めにこんな男の手に落ちるとは。人の事は言えません。日本化学発光もはした金で危うく命を落とすところだったのですから。
ハリウッドパワーの製造設備はフランスからやって来たルークノーエルが立派にこしらえてジュディを助けていました。フランス青年のルークノーエルはジュディを好きなようです。
一方フランスではパリでポールノーエルという老人がサイリュームの発明に触発されて自分もこれを作ろうと考えました。「な~に、ヤンキーに出来ることなら自分にも出来る筈だ」と。フランス人の対抗意識です。これを長男のエリックノーエルが引き継ぎベルギーのジャックレジデンスキー(名前の通りロシア系の化学者だ)と組んで原液の開発に取り組んでいました。父親ポールは次男のルークをジュディのもとに派遣して米国での販売拠点を作ろうとしたわけです。
お分かりになりましたか?1981年当時化学発光のビジネスを俯瞰すると大親分のアメリカンサイアナミッドを頂点にして「イケメンに弱い小娘ジュディ」ー派、フランスでサイリュームとの競合を企てる「本格派ノーエル」一家、ACCに取り入って起業する「正統派ノーワック」組、それと日本の「びっこのアヒル中洲」軍団です。
ジュディの話ではサイアナミッド社にも協力してくれる化学屋がいるらしい。分かったことは熾烈な原液獲得競争が始まっていた事です。だが何があっても開発者ACCに誠意を尽くすのが我々日本人が共有する商売の道義なのです。だからジュディと手を組む道は先ず無いだろうと思いました。
振り返ると「目先の利」を追った連中は結局敗れ去って行きました。
後に「ケプランの話」で登場しますが巨艦ACCを倒した弁護士のケプランは「象を飲み込んだワニ」として中洲の宿敵となりました。これも理論通り「飲み込んだ象を消化出来ず」可哀想に今は「立ち上がれ」の声が聞こえない境遇なのです。
この章は「青山則夫の話」でした。これから縷々お話ししたいのは凡人中洲の目で見る青山の超越した頭脳と文藝と心中せんとする潔癖性。一方で蔑む民間事業を覚悟が無いまま真似してシジフォスとして潰えて行った1人の男の物語です。中洲にはこれを描き出せる自信はありませんが挑戦してみますね。