そろそろ長いケミホタルの話もお終いです。
中洲士郎の離脱表明から3ヶ月経って突然の栗本の呼び出しが有りました。博多駅前のサンプラザホテルのロビーで役員会を開くというのです。
そこで栗本が直ぐに口を開きました。「本日、自分は日本化学発光役員を退任する。自分達の持株の名義は全て中洲士郎に無償で移す。その代わりこの書面にサインしろ」
書面は今後何事が起こっても一切栗本には関わりがないとの承諾書らしい。株式代金の振込は大島からの裏金だから中洲士郎に全責任をなすりつけたことになる。栗本は何か笑いを秘めている。(日本化学発光は中洲士郎の手で倒産する筈)との読みがあるのだろう。大島の邪魔が入らない新会社を有田に作るのか?土海と藤本を見る栗本の目に何かが感じられる。士郎が信頼した二人と栗本が思い込む二人は違っているかもしれない。
別にどうでもいい。何とかなるさと判断して「分かった」と答えました。 互いに署名捺印を終えて栗本は喜色満面です。
元気良く去る栗本の後ろ姿を見て何か気の毒な気がしました。残った三人は会議を続けます。
いつもの通り喋るのは中洲士郎一人です。
「創業者土海、藤本、福井、中洲士郎4名の持株は平等。一人20%以上は株を持たない。20%は金庫株。中洲士郎、土海、藤本三人が代表権を持ち社長職は当面中洲士郎が取る。土海がS製作所を退職して日本化学発光に就職したら社長を土海に譲る」
この提案に三人は同意して会議は終わりました。
この3ヶ月の間土海と藤本に栗本からどんな働きかけがあったか、大島が栗本に何か脅しをかけたかも遂に聞いていません。泡喰ったのは栗本でしょう。自分が辞めた後誰も自分に付いて来ない。暖簾も捨ててしまった。それだけじゃない世界初のケミホタル開発者の栄誉も暖簾と一緒に捨ててしまったのです。
その後関東や台湾や韓国でコピー品が出現しいずれも栗本の関与が疑われましたが結局老舗を超えることは出来なかったのです。
士郎は実のところ栗本が好敵手であり恩人だから戻るなら何時でも門戸が開いていると口づてに伝えているがあのキラキラ光る目の野心家は40年経った今でも一向に姿を現しません。まだ猫の避妊パンツなど考えているのでしょうか。
以上が中洲士郎を襲った13番危機の第2幕です。
中洲士郎は人生70年有余自ら人を陥れた記憶はありません。が若しかして「人が士郎を裏切るように仕向けたのでないか?」とエンマ様に聞かれたらこう答えよう。
「ごめんなさい。士郎はイカサマ師なのです」
栗本が士郎を騙して逃げた後士郎が体験した11の危機をこれから栗本に話して聞かせます。登場するのは皆栗本や中洲と同じ「びっこのアヒル」です。沈むまいともがく群像劇でした。
ただ一度の人生、何としてでも世に出ようと焦った栗本。夜、家で独りガラス管を焼いて細く引き伸ばしサイリュームのアンプルの液体を口で吸い込んで両端を溶封し今度はパラフィン紙を箸に巻いて溶着してチューブを作りそこにサイリュームの蛍光液と先程のアンプルを入れ蓋をします。出来ました。小学生の様に小躍りして暗い表に出てチューブを光らせ50メートル離れても輝くホタルに見惚れていたのです。同時にその光がフツフツと野心をたぎらせ判断を狂わせました。
だからケミホタルに発明者がいるとしたらその栄誉は栗本に与えましょう。いいですね閻魔大王様
そして「栗本!未だゲームは終わっちゃいないぞ」
この年の12月ソ連がアフガニスタン侵攻を開始しました。