中洲士郎はブリヂストンに取り入ることで新井学校を卒業し1974年満30歳目前で東京支店へ都合3度目の転勤を命じられました。
4月には南ベトナムサイゴン政府が陥落して泥沼のベトナム戦争も終わり市場にベンチャーブームが到来。その中で中洲は9月に長男を授かり会社で唯一尊敬するK先輩の元で初めてサラリーマン生活をエンジョイしておりました。独立の気概が萎えながらです。怖いことです。
この頃の新事業と言えば昆虫産業という本を手にカブトムシ5000匹の養殖を手始めにヘラクレス事業に挑んだこと位です。毎週末肉体労働です。それだけ言えば中洲は中々粗野でセクシーな男なんですがねえ。実は老婆(ラオポ)の2歳上の兄貴が名を勝清と言って根っからの自然人、その彼に中洲は金魚の糞宜しく、くっ付いただけでした。
勝清兄は無人島でも独りで生きれる男で頭デッカチの中洲から見ると男の中の男です。多摩川の読売カントリークラブのグリーンを独りで管理しながらプロゴルファーを目指していました。その兄貴と計ってゴルフ場に隣接する畑三反を借りカブトムシの養殖を始めたのです。大きな幼虫がゴルフ場のグリーンの傍にタダで無数におります。成虫一匹200円で卸しても100万円にはなる筈でした。
しかし畑には防護柵をくぐって侵入する無数のモグラがトンネルを掘り小山がどんどん出現、植え付けた幼虫がことごとくモグラどもに食い荒らされ空気銃片手に遂に敗北宣言。勝清兄の男っぽい匂いがその後の由布農園開拓やアイパオ開発へと中洲を誘いました。
ところが3年して又もや大阪に4度目の転勤を命じられ新規事業に取り組まされることに。阪大出の部長以下ど素人集団には新規事業開発の何たるかが全く分かっていません。北の新地のネオンの下をトボトボ歩きながら会社よりも自分にとっての新事業を模索し始めました。
悩みを打ち明ける相手とてなく家族を置いて海外青年協力隊入隊を本気で考えました。幸い33歳の時間切れで断念、少し胸を撫で下ろしましす。そして物語は「ケミホタルの話」へと引き継がれていよいよ独立。「サイリュームの話」では米国の大手化学品メーカーのアメリカンサイアナミッド社に予約なしで単身乗り込んだくだりを途中まで書いております。
思い返せば下地は全部新井元之助先生のアタッシュケースにあったのです。
ところで皆様、どんな素晴らしい新製品を開発してもそれが相手の興味を引かなきゃ唯の屑。だったら空のケースを小脇に抱え新製品の説明をして相手が興味を持ってから商品開発に着手するのは如何でしょう。時間と出費を節約するために。好きな女性を口説くのも空の箱を開けずに夢を語るのです。但し夢を聞いてくれる相手ならですが。
さてコロナウイルスで世の文官やエリート達が無能を曝け出しいよいよ世の中は乱世に突入します。
そこでコロナウイルスとの戦争を利用して非エリート族は世に打って出る好機でしょう。それは丁度2400年前中国で春秋から戦国時代へと続く乱世に群雄に混じって口先三寸の非エリート説客達が大活躍したように。説客達は諸国の君主の悩みに付け込んで各自各様の秘策を吹き込み野望を実現しました。勿論一歩間違えば打首でしたが。
彼ら説客に倣って今日なら悩めるトランプさんに来る大統領選挙に勝つ秘策を差し出すのです。それもウイットに富んだ語り口で。
それではその秘策を皆さんと一緒にアマゾンで仕入れた3500円のアタッシュケースに詰め込みましょう。