裸のウイルス(その14)

2回目の同行で彼のトークをすっかりメモしました。継手のサンプルも借り受けて何度も練習し勇躍独りで飛び込み営業です。初戦「あんた~。何言ってんですか」相手の呆れ顔に慌ててトイレに駆け込み気を鎮め十字を切っての仕切り直し。相手は笑っております。

段々トークも板についてきて新井元之助の関西よりも田舎者の九州の方が成績が上がりやすく1年で8400万円利益も2400万円を計上。進行中の関門架橋でも一番偉い大橋所長から優しく笑顔を頂いて採用されました。大変品のいい方で役人でも格の違いを見ます。

折角の関門架橋だからセラミックで取引拡大を狙う新規顧客の子息をもライトバンに乗せて建設中の関門架橋を敬礼しながら横断。本業でも売上を増やしました。

ところが視察にやってきたウチの社長を横に所長のA「社長。金儲けすればいいってわけじゃありませんよね」と。馬鹿じゃなかろうか。社長はそれを否定もせず黙って少し笑っていた様に感じました。

だが業績とは裏腹に新井元之助との関係が悪化し出し芦屋の彼の自宅事務所でバトルです。同行したK先輩を前に仕切り価格が上げられたのです。大好きなK先輩、帰り際慰める様に「なあ中洲君、この家の門柱も多分中洲の稼ぎだろうにねえ」と。

帰りの寝台急行「筑紫」の中で意を決しました。ラバートップを超える新型継手の開発です。これも新井方式の模倣でした。戻ると直ぐに博多駅前の特許事務所に駆け込み特許出願。次にブリヂストン工業用品と言う会社に飛び込んでアイデアの売り込みです。BS福岡支店、BS横浜工場、遂には京橋のブリヂストン本社へと駆け上がり名前も「タフジョイント」として施工実績を上げます。譲渡契約金500万円をBS海崎専務(後に社長)から我がM社長、恭しく拝受。ここで恋の熱が引くようにこの仕事への熱が冷めて行きました。新井元之助と競合する仕事なんかに生涯を掛けたくはないと。そうそう中洲が海外雄飛の夢を追ってこさえた会社の英文経歴書には所有特許1件ExpansionJointと記しました。「我が社はピンハネ業だけじゃない」と。せめての意地です。

裸のウイルス(その13)

売上のない事務所で事務員のO嬢と所長のAがお喋りで明け暮れる中、獲物を求めて歩き回る中洲の日々が2人には遊び歩いているとでも映るのか冷ややかな視線です。

代理店という稼業は利権と制約の網目で最小のリスクで効率よく儲ける仕事。自分がいなくても、この会社が世に存在しなくても、世間は何も困らない。代替えは幾らでもいると感じる虚しさ。矢張り物作りの道を選ぶべき、少なくとも製品開発だけには携わらないと生きる意味がないと。「しかし選択を誤った。もう遅いのか?」使う当てもない英会話の独習に明け暮れる日々。

それにしても不思議ですねえ。人生には摩訶不思議なことがあって「どうしてあの時あんな選択をしたのだろう」って後々考えることがしばしばありますよね。我がF社選択もそうでした。たまたまIBM創始者トーマスJワトソンの伝記を前日に読んで突然鉄工所選択を変えたのでした。それってきっとDNAの囁きじゃないでしょうか。

そんなある日突然建設省北九州道路工事事務所に足が向きました。所内を勝手にうろつくうちに・・・。ふと1人の男の机の上の図面にあのラバートップジョイントを目にしたのです。思わず「このジョイント知ってますよ」「丁度良かった扱い業者が分からず困っていたよ」と。

それからとんとん拍子に彼、新井元之助の九州代理店になり今度は伸縮継手も扱い商品に加えての営業です。そして新井元之助の天才的なセールステクニックを目の当たりにすることになりました。

新井元之助は役者の様に爽やかにスーツを着こなしております。顔つきも別人です。役所で静かに佇むだけで粗末には扱えない空気を作っております。普段は業者を見下し話も聞かずに相手が退出すれば机の名刺をザーッとゴミ箱に捨てる土木技官達です。

新井元之助厚かましくも1人を相手のセールスじゃ効率悪いとばかり慇懃に10人ほど関係者を集めさせてから伸縮継手の問題を聞かせ始めます。次第に大会社横浜ゴムのジョイントの悪口。何故それが壊れやすいか専門用語を交えて説明します。勿論自分がそれを売っていたなどはおクビにも出さず。

そしてやおらアタッシュケースを開くとそこに磨き抜かれた新製品の実物見本。上物のクロスを汚い机に敷くと勿体ぶってその上に黒く輝く見本を置きました。技官等皆、暗示に掛かっています。それはただのアンカーボルトが突き出た鉄板に加硫接着されたゴムの塊に過ぎない代物です。それを触って褒めそやし価格を聞いて「そりゃ安い」と驚愕するのです。どうしてメートル42000円が安いのだ?