このシステムは栗本が考案したもので究極のリスク回避ビジネスモデルでした。
藤本と二人遠賀町の2DKのアパートでケミホタルを組み立てながら縁先に拡がる田んぼを眺めていました。するといつもじゃれ合って遊んでいた2匹の茶色の犬が見当たりません。
「可哀想に毒まんじゅう喰ったのかな?なあ藤本よ、俺たちもそうかな?」
ケミホタルの構造をお話ししましょう。小さなチューブにA液がそこに浮かぶ極小アンプルにはB液(酸化液)が封入されております。先ずアンプルですが普通アンプルと云えば注射液の入った薄茶色の首のついたガラス容器が思い浮かびます。
サイリューム6インチではその程度の透明アンプルに酸化液が3cc程封入されています。ところがケミホタルのアンプルは僅か0.05cc、小豆よりも小さく薄いガラスの皮に包まれます。
世界にそんなガラスアンプルは存在しません。その製造はF社の3人の技術者が独占し栗本も現場が覗けない様子でした。日本化学発光では士郎がプラスティックチューブ開発を担当しました。
ケミホタルの組立は極めて簡単。そのチューブに光の素の蛍光液を0.14cc入れて有田から送られるガラスアンプルを浮かせて蓋を溶着するだけです。
朝から晩まで物をいじくっていると色んな発見があり工夫を思いつきます。本当に面白いものです。栗本にとっての悲劇はお金は自分のものになったが技術開発からは蚊帳の外に置かれたことでしょう。
ところがケミホタルはサンプル段階では成功しておりました。しかし量産化すると<他人の製品をバラして作り直していると!>光らないケースが多々起こるのです。原因は有田で作るアンプルの微細な穴、遠賀でのスティック組立中の不純物混入と水分の上昇、それだけで無く米国での製造ミスに起因する事が判明しました。遂には全く原因不明での失光も起こります。兎に角理由を仮説し製品を選別しながらノウハウが蓄積されて行ったのです。
「エッそんな事出来るの?技術的に?採算的に?特許の問題は?」
やっているうちに全て答えが見つかって来ました。これは可能なのです。 他所の製品をバラして作り直す事業が成り立つのです。
古今東西誰もやったことのないイカサマのプログラムが描き出てきます。それがリスクゼロを狙った栗本じゃなくてこのリスク渦中に身を置いた中洲士郎の手に落ちたのです。ゾクッとして参りました。
先の毒饅頭の続きです。
藤本「そうかも知れんな」
中洲「秘密にされたアンプルをここで作り始めんと栗田に毒饅頭食わされるな」
士郎の脳裏に自動機械でアンプルが作られている模様が描かれ始めました。 有田では細いガラス管から一個一個手作業で作って機械化出来ていないのです。ガラスアンプルの製造自動化は必須です。
「その機械は有田の技術者達と共同開発すべきか・・・。」 「それをここ遠賀でやるのは栗本に対して悪い企みかも知れないが・・・・。」「アンプル自動機械を作って栗本に見せてからでないと問題は解決しないだろう・・・・。」
人は謀反を起こす時「これは裏切りではない。彼奴の眼を覚まさせる為に仕方がない事だ」と自分に言い聞かせるようです。中洲も都合よく思案しました。同時に嵐の予感です。